【第1話】幼稚園時代の2年間、すでに登校拒否の娘への接し方が思考錯誤すぎる日々…

いつも感謝してます*^^*

よしこさんです♪

この「2サイト合計月間30万PVを出して在宅ネットビジネスで稼ぎ離婚するまでのお話」シリーズでは、時系列に沿って私たち家族(母親である私・娘・息子)が、どんな経過をたどってきて今の生活を手に入れることができたのかを、ノンフィクションの物語形式で書いていこうと考えています。

このシリーズ名、自分でも「なかなかダイレクトな表現でスゴイなぁ」と思います♪笑

プロフィールのところでも少し触れましたが、プロブロガーになるためには、いくつかのステップを順序立てて踏んでいった方がむしろ近道であること、そして具体的には最初のステップとしてインターネットの世界でマーケティングを学ぶ教育課程があり、それはインターネットビジネスの領域で実践的な行動をすることです。

本ストーリーでは、プロブロガーへの道のりの初期段階の頃、娘の不登校や別居・離婚調停1年半・引越など、「ラーメン全部乗せ」なくらい伝説になるんじゃないかという経験したので、最終的には面白おかしい笑えるストーリーになるように、楽しく綴っていきたいと思います♪

それにしても、なぜ、私はブロブロガーの道にこだわったのでしょうか。

それは、今はもうティーン近くなった娘が、幼稚園年中さんから小学校3年生までの約5年間不登校が続きまして、私はそんな娘に寄り添いながら時間に決まった場所に働きに出る、いわゆるOLやパートなどの世間一般的な普通のお仕事に就くことができなかったからです。

娘が不登校になったことで、それまではあまり表面化していなかった家庭内の問題が噴出するようになり、ゆるやかに、、、でも確実に離婚する方向に事態が進む中で、収入の基盤をブログで作って子ども2人を育てながら離婚することができました。

娘の不登校に関して具体的には、娘が幼稚園入園当初から、とにかく幼稚園に通わせることに難儀して、「お母さんがもっと頑張って、娘さんをちょっとでも幼稚園に連れてこないと」と周囲の方からアドバイスをいただくも、そのアドバイスにどんどん精神的に、そして孤独に追い詰められていました。

そんな風に紆余曲折を経験しながらも、私自身の笑顔が子どものしあわせになると決断して、人生の方向性を大きく転換させることに成功したので結果オーライだと今では思っています*^^*

この経験のおかげで、今では在宅でほとんどの仕事ができる状態を手に入れることができましたので、離婚してシングルマザーになった今でも、子どもたちが小学校から帰って来る時には私はいつも家にいて、「おかえりなさい」と声をかけて手作りのおやつを出して、その日あった出来事をすぐ聞くことができています。

ありがたい環境とお仕事だと、改めて感謝しています。

そのため、そこまでの流れをなるべく忠実に綴って、当サイトを読んでくださるあなたにお役に立てる情報をお届けしていこうと思っています。

  • シングルマザーとしての生活を営む上では、お金の面も育児の面も含めて、今後どんな生き方をしたらいいのか悩んでいる方
  • 子どもさんの不登校に悩む方
  • それに2020年年初から起きた新型コロナの全世界的な問題で、テレワークのお仕事スタイルを手に入れたいと思っている方
  • 逆にこの2020年の新型コロナ問題で、配偶者が急にテレワークの在宅勤務になり、家の中に長時間家族が一緒に過ごすことで家族の問題が噴出しているため、離婚を考えている方

に向けて、プロブロガーの世界は一体どのようなものなのか、そして最初の教育課程としてインターネットビジネスを学ぶ価値にも触れながら、今は大変な状況の中であなたはこの私のストーリーを読んでくださっているかもしれませんが、必ず明るい未来が待っていますよ大丈夫ですよということを、そっとお届けできると嬉しいです*^^*

また、このストーリーは旧サイトの「幼稚園時代、すでに登園拒否気味」の大幅リメイク版となります。

旧サイトを運営していた当時は埼玉県加須市に住んでいて、不登校の我が子のためにフリースクールを作れないかと画策していた時期でもありました。懐

現在、うちの娘はおかげさまでもう小学校6年生になりまして、過去5年間の不登校の時期を思い起こしながらこの記事を書いているのですが・・・信じられないかもしれませんが、今ではウキウキな学校生活を送っています。

なぜ娘の不登校が改善したのか?というと、それは、母親である私自身が本当のしあわせとは何かを見つめ直して、自分を大切にすることを学び、インナーチャイルドを癒して、自分自身にYESを出せるようになったことや、波動の合わないと感じた人とは付き合わないスタンスを大切にしたからです。

そして、娘や息子に対しても、家系的に受け継いだ様々な要因を断ち切ってしあわせになることを伝え、彼らの人生にYESを出すことを意識したからです。

上記の内容は、不登校改善と離婚そして離婚後のハッピーな生活を手に入れることができた「全体概要」といったところなので、具体的にいったいどんな経過をたどって、離婚もできた上に不登校の改善までして、お金の面でも安心感がある状態を手に入れることができたのですか?とたくさん方からご質問をいただく部分です。

なので、このストーリーの第1話では、まずは在宅でできるインターネットビジネスに大きな第一歩を踏み出すきっかけのひとつとなった、娘の幼稚園時代を記述してみたいと思います。

ちなみに、私たち(私・娘・息子)は、埼玉県→北海道と経て、現在は福岡県在住です♪

前置きな長くなってしまいましたが、早速本編に進んでいきましょう(*^^)v

 

 

2サイト合計月間30万PVを出して在宅ネットビジネスで稼ぎ離婚するまでのお話

【第1話】幼稚園時代の2年間、すでに登校拒否の娘への接し方が思考錯誤すぎる日々…

今日の記事では、幼稚園時代からロケットスタート状態だった不登校(不登園?)の、今では笑い話になっているエピソード、それと並行してチャレンジを開始したインターネットビジネスを学んだ時期のことを話してみたいと思います。

娘は、当時住んでいた地元の公立幼稚園に2013年4月から2015年3月までの2年間、お世話になりました。

しかし、まともに丸一か月間全部登園できたのは「ゼロ」だったという自信がありますw

大学生にもなれば、「自主休講」などという大義名分も存在しますが、まさかそれが幼稚園から始まるとは(-_-;)という気持ちで、母親としての私はそう捉えていました。

世間一般的に考えてみて、幼稚園に入りたての子が「幼稚園に行きたくない」とギャン泣きするのは、少なからず見受けられると思いますので、それほど珍しいことでもないとは思います。

でも、うちの娘の場合は、

 

「ママ、○○ちゃんはねっ!ママのお腹の中で、幼稚園も学校も行かないって決めてきたの~(ドヤ顔)」

 

と、幼稚園に入りたての頃から毎日宣言していました。

「やるな、5歳児」と思ってはいましたが(笑)、現実社会ではなかなかそうは問屋が卸さないとでも申しましょうか、、、なかなかワイルドな経験が待ち受けていました。

娘の担任になってくださった、年中時代のY先生と年長時代のA先生には、改めまして多大なる感謝の気持ちでいっぱいです。

なぜなら、自宅まで何度も足を運んでくれて娘の顔を見に来て、「幼稚園で待ってるから、おいでね♪」と優しい声を定期的にかけてくれたり、小学校生活を見据えたアドバイスなど、親身に対応してくださり、本当に心に染み入っていました。。。涙

それでも、幼稚園に行かない月は『その月の給食を2回食べられればいい方』でした。

幼稚園の一か月あたりの給食費は、およそ3,000円前後だったのですが、そうしますとつまり月に2回しか給食を食べないならそれは都内のランチよりも高い、1食1,500円のランチを食べていたという計算になります(遠い目)

なるほど、捉え方によってはゴージャスなホテルバイキング並みの価格ですよね。爆

幼稚園児にして、ホテルバイキング並みのランチをいただく、というような、

 

「リッチな経験ができてよかったね」

 

と、幼稚園に行けたことを精一杯褒める目的で、娘にはいつも言い聞かせていました。

なるべく、事態を深刻にしないように言霊だけは本当にものすごく気をつけていたのです。

年長さん最後の3学期に開催された、生活発表会では、娘の出番の予定時刻30分前まで「幼稚園行きたくない」という彼女からも申し出が続き、最後の生活発表会の会場になかなか姿を現さないことを心配した担任のA先生が、私の携帯に電話をくれて、直接娘と話して励ましてくれたということもありました。

結果、娘の出る演目の開演5分前に舞台裏に到着しまして、、、超ギリギリで衣装チェンジをして間に合わせるという荒業も経験しました。

今でこそ笑い話ですが、その時の私もかなり必死でしたし、この先どんな小学校生活が待ち受けているのだろうと、ものすごく心配な気持ちになっていたのは事実です。

そのような状態で小学校を迎えるので、当然のことながら幼稚園からの申し送りとして、娘の状態は小学校側にも届くことになります。

とにかく、娘と幼稚園のはざまで、母親として私自身も様々なことに奮闘していたので、幼稚園でママ友を作る気力体力がほとんどなく、限られたごく一部のママ友さんと会話する程度で娘は卒園を迎えることになります。

娘の不登校(不登園)から、じわじわと家庭内にひずみが出始めている時期だったので、PTAに出る気力体力もなかったので、すべて断っていたんですね。

元夫は娘に無関心などころか、幼稚園に行かないことを揶揄して娘の自信を喪失させるような言動を重ねてきていて、その度に「子どもの魂が傷つくからそういうことは言わないでください」と私は言い続けてきました。

家族に何か起きた時にみんなで問題解決するものだ、という意識を持って生きてきたのですが、当時の家族内で「いわゆる普通」のレールに乗れない脱落者に対しての、ひどい仕打ちのような言葉の暴力が元夫から出てきたことに、私は驚き、結婚生活がこのままでは続かないかもしれないなと感じ始めていました。

娘が幼稚園の2年間は、下の息子がまだ2歳~3歳で母乳とオムツの生活だったので、Wの育児をしながらも、とにかく娘に付き添い、父親からの心ない言動には毅然とした反論をするというのが私にできる最大限の行動でした。

幼稚園に出席日数の規定はありませんから、自動的に無事に幼稚園は卒園できたものの、「小学校生活はどんな風になるのやら・・・」という気持ちで卒園式に出席したのが、今でも鮮明に記憶しています。

 

また、娘の不登園がひどすぎて、家庭内の環境が良くない状態になってくると、元夫は生活費を細かく追及してきたり、必要なお金を出し渋るなどの行為にも出てきました。

娘が不登校になったのは、母親に責任があると一方的に言い詰めてきていましたから、夫婦としてまともな話し合いがこの頃からできなくなっていました。

同様に、元夫の親族もそういう口調で「母親の責任」とやらを押し付けて来ていましたので、2013年というのは新築一戸建てを建てたばかりの時でしたが、皮肉なことに戸建てという密閉された空間の中では、たくさんの不和が連続的に発生していて、事態の収拾は望めない状況に陥り始めていました。

そのため、私は「それなら自分でできる範囲で仕事にチャレンジしよう」と改めて決断して、自宅にいてもできる副業という立ち位置として、これは育児中の女性に向いているかもしれないと感じた在宅インターネットビジネスの道に本格的に進むことになります。

プロブロガーとしての大きな第一歩だったように感じますね。

ストーリーの前半では、娘の2015年3月の卒園までを一気に綴ったため、時間軸は少し戻りますが、2013年11月には、ネット上でも何かと話題になったあの与沢塾3期に入り、インターネットビジネスを組み立てていくには具体的にどうしたらいいのかを学び始めていました。

塾にかかった諸経費、新しいパソコン代も含めて約32万円はすべて、私がこれまで在宅ワーク等でコツコツ貯めてきた分から支払いました。

けれども、毎日パソコンに向かう私のことを見た元夫は、今度は「家事もしないでネットサーフィンして遊んでいる」と言いがかりをつけてきて、そのことを元夫の実家に言いふらすなどの嫌がらせ行為をして来たのは、最早懐かしい話ですね(;^ω^)

ちなみに、与沢塾で当時推奨していたオプトインアフィリエイトでは、情報ビジネスの末端の駒になってしまうと察知して、その流派からは距離を置いて、独自路線でインターネットビジネスで生き残る道を模索し始めます。

与沢塾に関しては、塾生さん同士でネットMLM(インターネットでできるネットワークビジネスのこと)の勧誘合戦が水面下で勃発しまして、私のところにもたくさんの同期の方々が勧誘にいらっしゃったのですが、、、何度も「今がチャンス」とか「今加入しないと、ビジネスセンスないんじゃないの」と、かなり失礼な言葉も言われましたが、すべてスッパリと断りました。爆

そして、そのネットMLMは1年も経たずに解散する憂き目に遭い、私に散々勧誘してきた方々や失礼な言葉を言ってきた方々は、今度はなんと「被害者」という肩書になって、私のところに相談に来るという事態に陥っていました(;´Д`)

 

インターネットの世界で仕事をして生計を立てるなら、仕事に対するミッションは、一本筋を通した方が絶対にいい(ガチで)

 

とこの時に学びました。

私は、娘の不登校をケアしながらの在宅ネット副業で結果を出すことにチャレンジしていたので、ふわっと流行りのビジネスに飛びつくことを一切しなかったのが、結果的にはとても良かったというわけです。

また、2014年4月から3か月間だけ、それこそ与沢塾内で横行していたのとは全く別ジャンルのネットMLMを探し出しまして、学習のために精査した結果、

  • 与沢塾の方が全くいない
  • 人間関係のしがらみがゼロ

という条件が揃っていたことが判明したので、組織に少しだけお世話になり、そこで集客手法を学びました。

しかし、ここでの集客手法は飽和地点まで到達してしまうと今度は逆に全く効果がなくなってしまうリスクがあると気づき、もっと改善できることはないだろうかと思い、また独自でのブログ集客の方法にチャレンジすることになります。

子育ても色々だけど、ビジネスも色々・・・島倉千代子さんの「♪人生いろいろ」を歌いたくなるような空気感をお腹いっぱい経験する時期でもありましたね(遠い目)

それからしばらくして、2014年9月に、私のブログ集客の手法を買ってのちに会社役員に登用してくれることになる渡邊社長と出会い、社長のビジネスコンサルを受けながらインターネットビジネスを極めていくことになります。

娘の幼稚園期間、たま~に開催されたインターネットビジネス系のセミナーには、娘も、そして当時まだ乳飲み子だった息子も連れて参加していたのは、今ではいい思い出ですね♪*^^*

また、この頃に私と同じく育児中ながらもインターネットビジネスの道を志す同志とも言えるママ友さんである雅子さんとも出会い、励まし合いながら、時にお互いの自宅で子どもたちを遊ばせながらビジネス学習会を開催するなど、ハングリーに新しい人生を切り開こうとチャレンジしていました。

 

 

 

つづく

 

次回【第2話】もどうぞお楽しみに♪

 

 



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