5年間不登校だった娘を持つ母のぼやき~親のしんどい気持ちとの向き合い方と解決策~

※娘が初めて外を歩けた2010年1月3日撮影の写真です*^^* 懐かしい~

よしこさんです♪

今日は、「5年間不登校だった娘を持つ母のぼやき」というテーマで、不登校児の親として “超~~~しんどい気持ち” をどう解消していったのかについて、昨日起きた出来事とともに綴ってみたいと思います。

ちょっと記事の前半は、ワーオな話★になってはいますが、後半はいつものプラス思考のよしこちゃんとして、考え方を切り替えていった過程を全力で書いていますので、どうぞよろしくお願いいたします~*^^*

 

 

5年間不登校だった娘を持つ母のぼやき ~親のしんどい気持ちは通り雨だった、という信じられない話~

あんなに不登校がひどくて、丸5年近く娘と向き合い、本当に孤独で悩みに悩みぬいて来た時期があるのですが、、

 

「あれは、蜃気楼だったの?┌|∵|┘」

 

と、きょとんとした埴輪(はにわ)になってしまうくらいに(笑)、昨日、娘は男女のグループ交際よろしく、放課後は颯爽とカルバンクラインのCK be(シーケービー)の香水を身にまとい、男子2人&女子2人で、おやつのケーキも食べずに遊びに行ってしまいました(遠い目)

 

ありゃグループ交際だがね。。┌|∵|┘

来ていたメンズたち、イケメン揃いで母は驚いたぞよ。。┌|∵|┘

 

と、娘がウキウキしながら出かけて行くのを見て、そして、我が家の玄関の扉の閉まった瞬間に思わず心の声が漏れそうになりましたw

子育てはあっという間だと、という言葉。

その渦中では信じ切ることができずに、

 

  • 子育てって孤独だな、とか
  • 言葉ではいくらでも言えても、全部の責任を「母親」という言葉の呪縛で背負わされている本当の大変さは、実際なった人しかわからない、とか

 

と、半ばトラウマのように思ってきた私がいました。

なぜなら、特に不登校の始まった2013年は下の息子もまだ小さくて、幼稚園から保育園に転園させて息子も一緒に通わせてはどうかなどと、とにかく一人で奮闘していた時期で、元の家庭内でも友人にも、とにかく誰にも相談できなかったからです。

いえ、相談する余裕すらなくて、1日1日を乗り越えることで精いっぱいだったようにも思います。

なるべくプラス思考で「時間が解決してくれる・・・」と思うようにしましたが、子どもを幼稚園や学校に行かせていない家庭と周囲から認知されると、今度は母親である私の育児放棄を疑われるなど、本当に大変でした。

ちなみに、うちの子たちは、私の父方曽祖父の遺言もあって予防接種を一切しないで育てていることもあり、たまたま昨日もそうだったのですが、何かの拍子に小児科にかかる(※)と、今度は予防接種を一切していないことも親の怠慢なんじゃないかと詰問してくる人すらいるのが現状です。
※昨日小児科にかかったのは息子の方です

「母親なんだから」とか「あなただけの判断で周囲に迷惑がかかる」とか、「あなたの母親としての(予防接種を打たない)判断は、誰かを殺すことになり訴訟になったらどうするんですか」とかですね(遠い目)

ええ、本当に言われました(もっと遠い目)

まだ起きてもいないこと、そして法律に違反していない状態にもかからわず、まるで脅しのようにして、不登校でも予防接種でも、正規の子育てルートから外れると、母親の人格否定すらされる現場で私は一人で生きてきたように思います(さらに遠い目)

不登校の子を持つ親のしんどい気持ち、

 

パネェ(=半端ない)

 

と思いますね。笑

 

でも。

社会の構図を鑑みた時、そして私個人のことを言えば、学生時代はうっかり間違って学年1番になるというような成績の良さがあったために、逆に、世の中の問題点を感じ取る機会がたまたま人よりも早かったのです。

それゆえ、常識的なルートにYESが言えない自分がいたのも事実です。

 

こうやってこれまでに起きたことを、、というか昨日起きたことも含めて列挙していきますと、まあ、何とも育児をしている女性が社会との接点を持とうとする時、

 

なんと社会的地位の低いことか

 

と思っていました。

 

しかし、様々なことがあったとしても、その大変さはまるで通り雨のように、本当にいつかあっさり抜けて晴天の空が見える日が来るんだな、とやっと気づけました(≧◇≦)

 

ここで時間軸を念のため少し整理しておきますと、娘の約5年に及ぶ不登校を経験し、転校を2回重ねて、昨日の日中は息子を小児科に連れていっていての出来事、そして昨日の夕方、娘の帰宅後の出来事・・・という流れで今回の記事は描いています。

 

どんなに子育てで大変なことがあったとしても、その大変さが急にすっと抜けてしまう日が来るんだと、颯爽と男女のグループ交際を楽しむためにでかける娘を見て、私は自分のことをゆるしてあげよう!と、心の底から思えました。

そして、子育ての経験によって得ることのできた経験値、助けてくれた方々に感謝の気持ちをちゃんと持てました。

この拍子抜けの度合いを表現するとしたら、、、押戸だと思って一生懸命押しても開かないと悩んでいたのに、ある日急に、

 

「それは引き戸だったのか!!(白目青筋背景ベタフラッシュ)

 

と思うレベルですw

不登校真っ最中で悩んでいた当時の体験談、自分でも最早懐かしすぎてワーオなのですが、続きもまだ書いて行こうと思いますので、もしよかったら私の体験談をノンフィクションのストーリー化して、絶賛連載中ですのでもしよかったら読んでくださいね♪

 

余談ですが、昨日の日中小児科にかかった息子は、少し採血をしてきました。

おかげさまで問題はなかったのですが、採血時の笑える出来事も書いておこうと思います*^^*

採血そのものは何度かしたことがある息子ですが、

 

「ちょっと痛いけど、がんばるんだよ」

 

と看護師さんから励まされながら、私の膝の上で息子を抱える形で採血をお願いしました。

採血用の針が、息子の左腕の関節のところにチクっと入った時も、息子は体をこわばらせることなど一切なく、とても冷静に、そしておだやかに採血されていました。

そして、看護師さんから、

 

「大丈夫?痛くない?」

 

と聞かれた時に、間髪入れずに、

 

「ブランコから落ちた時の方が痛かった(から、大丈夫)」

 

と息子はドヤ顔で答えていました。

その返答を見て、私も看護師さんも、

 

「すごいね~」

「えらいね~」

 

と口々に言ったのですが・・・(~_~;)

採血はそんな感じで無事に終了しまして、待合室に戻ってきたところ、開口一番に息子が、

 

「注射(=採血のこと)、めっっっちゃ痛かった・・・(´-ω-`)」

 

と言うではないですか。

私は、その反応の大きな違いにびっくりして、

 

「あのさ、もしかして、かわいい看護師さんにカッコいいところ見せようと思って、ブランコから落ちた時の方が痛かったって言ったの?」

 

と聞いてみると、

 

「ブランコから落ちた方が痛かったのは、本当だよ。注射と比べたらブランコの方が痛かったからそう言っただけ。でも注射そのものもめっちゃ痛かった(´-ω-`)」

 

と言うじゃないですか。

 

・・・ローランド様の名言か(≧◇≦)

 

 

と、お母さんは息子にもツッコミたかったです。爆

娘がカルバンクラインの香水をさっと振りかけて男女グループ交際に出かけましたが、息子は息子で小学2年生なのに、思っている以上に成長していたんだと思うと、

 

育児の大変さは通り雨だった
※ただしその真っ最中の時はそれが通り雨だとは気づけなかった分、ちょっと大変だったけど、気づいてしまえば量子力学レベルでワープしたんじゃないかと思うくらいに、あっという間

 

という大きな気づきがあった昨日一日でした。

 

不登校児の育児を通して経験したことから、今日の私が感じていることは、女性が子育て中の社会的地位の低さを解決するのは、経済力だということです。

私がもし仮に、例えば個人的に大ファンのデヴィ夫人のように超セレブなレベルの状態で、子どもを連れて小児科にかかって、子どもが不登校だったり予防接種を一切していなかったとしても、人は予防接種のことで私に詰問して来なかったと思うのです。

何も力のない育児中の無知な母親だ、安易な選択をして責任を負いたくない育児をしていると一瞬でも相手に思われたのは、自分のオーラや見た目がまだ相手からなめられる要素を持っていたからなんじゃないかと思ったわけです。

極端な考え方かもしれませんが、経団連を動かす力があるくらいの社会的に成功をしている女性に、果たして人は同じことを言っただろうか・・・と思うと、そうではないと思うのです。

そのため、私が次に取るべき行動は、事業で大成功した女性社長になることだと思いました。

こういうゆるぎない覚悟も、改めて決めることができたので、トータルで感謝ですね♪

 

 

今日も明日も絶好調♪

ついてる♪

強気♪

感謝してます♪

 

 



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