【第4話】不登校の親の特徴と原因は?夫婦喧嘩で子供の前に禁句を連発することだと思った日~1年生3学期編~

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わたくし、離婚して気づいたことがあります。

それは、日本だけの話ではないと思うのですが、日常生活の食事を作る役割が女性にあるというのに、料理人と呼ばれる商売として食事を提供する場所では、女性が立ち入ってはいけない男性の世界(になっている調理場も時々見かける)・・・みたいなあのアンバランス感って、一体何なんでしょうねぇ(^-^;というものです。

せっかく21世紀になった上に離婚もできたので、性別に関係なく好きなライフスタイルを選択し続ける自分でいようとしみじみ思ったものです。

私の場合、子どもの毎日の食事を自分の裁量で毎月の食費の範囲内で作る(※)のは全然嫌じゃない、というよりもむしろ好きだったりします。
※自分の100%裁量でOKならマクロビメニューもちゃんと作れますよ~♪

でも、自分以外の誰かの食の好みもすべて考慮して、育児と仕事の合間に食事も作る!みたいなシチュエーションは、すごく苦手です。

なぜかというと、食べることって毎日なので、予算内に収めるための工夫やメニューのバランスも考えることを育児の合間・仕事の合間に対応しないといけないことは、飛行機の操縦よりも複雑な思考回路を毎日動かしているんじゃないかと思うからです。笑

ところが、こういう行動をあまりしたことがない人(例えば、元夫)は、毎日毎日、食材の在庫・栄養バランス・メニュー・予算などを工夫していることに

 

「全く気づいていないんじゃないかな・・・(^-^;」

 

と私は思っていました。

そのため、私の思い込みな部分も大いにあるとは思うのですが、そういうモヤモヤからすっきり抜け出すためには、シングルマザーになれたからこそじゃんじゃん稼ぐ体質になって

 

お金ですべて涼やかに笑顔で解決しよう

 

ではないか・・・とすら思う境地になったものです(´-ω-`)フッ

そして、国からの支援をいただく立場のシングルマザーに留まるのではなく、同じように悩んでいる方々を助けて、税金もたくさん払える女性になろうというのが今の私の目標です。

なぜならその領域を目指せば、食事だって臨機応変に好きな場所でみんなで楽しく外食すればいいだけのことになるからです♪

 

さあ、そしてそして、前置きが長くなってしまいましたが今回の第4話では、娘の不登校がまだまだ続く時期であった小学校1年生の3学期編になるのですが・・・ここで大事件が起きます(´-ω-`)

良い方向に捉えるならば、ここでの出来事が今のハッピーな親子3人の福岡生活に繋がる大きなきっかけになったようにも思いまして、感謝の気持ちをもってしてストーリーを書き進めていこうと思いますので、よろしくお願いいたします。

 

 

娘の不登校で働けなかったので在宅ネット副業で結果を出し離婚しました

【第4話】不登校の親の特徴と原因は?夫婦喧嘩で子供の前に禁句を連発することだと思った日~1年生3学期編~

2016年(平成28年)のスタートは、「新しい年を迎えた」というちょっと無理やりな理由ではあったのですが(笑)、仲良くしてくれるお友達のおうちに出かける機会が多くて、楽しい時間が過ごせた記憶が結構残っています。

が、それと同時に不登校の親の特徴がモロに出る事件が勃発した時期でもありました^^;;;

その事件とは、夫婦喧嘩を子どもの前ですることですね。

・・・この頃の私は、一時的ではありますが在宅のインターネットビジネスと並行して、2015年にアメリカで現地視察までしてきたというのもあり、そのネットワークビジネスを活用して美容関係のお仕事にも精を出していました。

理由としては、2015年の夏に相当精神的に落ち込んだ時に、やはり自分の見た目もすごく疲れた感じややつれた感じが出てしまったんじゃないかと、少し冷静になれた時にそんな過去の自分に危機感を持ったからです。

そこから一念発起しまして、良い意味で、自分のメンテナンスをすることで、不登校のことで色々悩むことがあっても、見た目だけはまずは前向きにキラキラした感じを出そうと決意できたことで、それが仕事にも繋がっていったから、というものです。

※2016年2月の自分の誕生日の頃(当時35歳)に撮影。スキンケアとメイクをしっかりして、娘の不登校で超絶悩んでいた雰囲気は出ていないように見えるんじゃないかと思います^^;;;

さあ、そして娘の1年生3学期の生活というのは、相変わらず朝からの登校はできない状態が続くものの、日によっては3時間目くらいから登校できてそのまま下校までは学校にいれる日も出てきました。

もう、朝から学校に行かせようという気持ちは、私の中ではあえて持たないようにすることで、社長出勤のようになる娘でも、それでも生まれてきてくれただけで十分じゃないかと思い、なるべくは毎日学校までたどり着くというところだけを達成できるようにと寄り添いました。

そのため、小学校の滞在時間が5時間目の1コマだけという時もありましたが、それでも自分で自分にマルをつけてあげるような感覚でいました。

 

「OKバブリー!5時間目だけ社長出勤で登校できてよかったね~!我が娘、最高~♡」

 

みたいなノリで・・・(^-^;

人間、開き直ると案外何でも乗り越えられるんじゃないかと、この頃よく思ったものですw

それに対して、小学校側は心配して「もっと朝早くから登校させてください」というようなご進言はたくさんあったのですが、これ以上無理をしては、私自身がまた精神的に厳しくなると思ったので、のらりくらりとかわしていました。

そんな生活のリズムがついた、2016年2月下旬のある夜のことでした。

ちょっとした言葉のきっかけから、また元夫が怒り心頭で感情を私にぶつけて来ました。

自宅でパソコンにずっと張り付いているわ、娘は学校に行かないわ、家事はしないわ、食事が出てくるのが遅いわ、一体母親として何をしているんだ、というような内容でした。

でも、こちらサイドにしてみれば、父親として娘に関わることができていない中で、娘や私に対しても暴言が続く上に、生活費も最低限な上に、食事の好みにうるさくて野菜やお肉を上手に活用した節約メニューを元夫は一切食べないなどのことが長年続いたため、私ももう「その要望は無理だ」と思いました。

そのような夫婦喧嘩の最後の方で、「家でパソコンを使った仕事をするなら、家を出ていけ、この家で仕事はするな」と彼は言ったので、私は「はい、わかりました」と答えました。

さらには、「引っ越す時には、俺は引越費用は出さないからな」とも元夫は言ってきましたので、「はい、わかりました。ただし、子どもたちがまだ小さいので準備期間をください」とだけ返事をしました。

私からの、家を出ることに同意した上で、その行動に移すまでには準備の時間をくださいと元夫に言ったことに対しては、元夫も「わかった」とこの時言いまして、この時点で元の夫婦間で離婚の同意が取れたものだと私は思いました。

 

ところが、、、この一部始終を見ていた子どもたちは、その後2人ともひどい体調不良になります。

当たり前ですよね、お父さんとお母さんが離婚の話をしていて喧嘩状態ですから、小さな子にだって敏感に伝わってしまいます。

というか、その前から何かあるごとに元夫の方から私に喧嘩をふっかけて来ることが多くて、それを何度も見ていた娘は、「自分が学校に行っている間に、ママが出て行ってしまったらどうしよう」と考えたり「自分は生まれて来なければよかったんじゃないか」と、まだ5歳にもならないうちから思わせてしまっていました。

これは別居して、生活が落ち着いてきた頃に娘の方から私にそうやって打ち明けて話してくれたことで、不登校の原因のひとつはこれだったんだと気づけたことでもあり、娘には申し訳ないことをしたとものすごく後悔しました。。。

 

結果として、離婚話をしてから、子どもたちは丸2か月間ひどい体調不良で、2016年3月と4月はほとんど小学校に通えませんでした。

下の息子は、2016年4月が幼稚園の入園式でしたが、それにも参加できず、初めて幼稚園に登園できたのは4月の下旬に入ってから、、、というくらいひどい状態に陥ってしまっていました。

 

私はというと、子どもたちの体調不良がひどすぎて、24時間つきっきりでいないといけなくなってしまったためにそのネットワークビジネスの美容のお仕事を断念して、在宅でできるインターネットビジネスのお仕事一本にまた絞らないといけなくなってしまいました。

この時点で、在宅ネット副業が本業になったというか、本業にせざるを得なくなった感じですね(遠い目)

でも今にして思えば、この時に、あちこちに仕事のパワーを分散しないで、インターネットビジネスだけで進んで行こうと決断できたことが、良かったんじゃないかなと思います。

子どもたちの体調不良が続く中で、ある晩、元夫が「なんで子どもらはこんなに体調が悪いんだ、おまえのせいなんじゃいか」と、以前住んでいた戸建の2階で寝ていたのにわざわざ私たち親子3人の1階の寝室に降りてきて、文句を言ってきました。

子どもの心配というよりも、世間体の方が気になったのかもしれません。

私は、「先日、子どもたちの前で離婚話を聞かせたことでショックを受けて、体調不良なんだと思います。この原因は私たち2人の大人にあります」と答えました。

元夫からの回答は、

 

「子育ての責任は母親にある、母親が全部悪いんだ」

「自分は一切悪くない」

 

というものでした。

その表情は無表情、そして瞳は曇りガラスのように何も映していませんでした。

私はそれを見て、もうこれ以上会話をするのは無理だと判断して、もう二度とこちらから話しかけないでおこうと決断しました。

せめてもの救いは、その押し問答をしていた時、子どもたちはすっかり寝入っていて両親のそんな会話が耳に届いていなかったことでした(遠い目)

 

ちょっと今回はダークでヘビーな雰囲気がムンムンの状態ですが、次回は心機一転のきっかけにはずみがついた2年生1学期のお話になりますから、ここから上り坂になると思います(当社比)ので、楽しみにしていてくださいね~*^^*

 

 

 

つづく

 

第5話はこちらから読めます♪



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