【第1話】幼稚園時代の2年間、すでに登校拒否の娘への接し方が思考錯誤すぎる日々…

いつも感謝してます*^^*

よしこさんです♪

この「娘の不登校で働けなかったので在宅ネット副業で結果を出し離婚しました」シリーズでは、時系列に沿って私たち家族(母親である私・娘・息子)が、どんな経過をたどってきて今の生活を手に入れることができたのかを、ノンフィクションのストーリー形式で書いていこうと考えています。

シリーズ名、自分でもスゴイと思います(;^ω^)

文字通り、うちの娘の不登校が丸5年近くあったために、私はOLやパートといった、決まった時間に決まった場所に働きに出るお仕事に、ほとんど就くことができませんでした。

でも、様々なことが家庭内で重なり、離婚する方向に事態が進む中で、在宅ネット副業からスタートしていた自宅でできるお仕事を、途中から本業に切り替えて、収入の基盤を作って離婚することができました。

娘の不登校に関して具体的には、娘が幼稚園入園当初から、とにかく幼稚園に通わせることに難儀して、「お母さんがもっと頑張って、娘さんをちょっとでも幼稚園に連れてこないと」と周囲の方からアドバイスをいただくも、そのアドバイスにどんどん精神的に、そして孤独に追い詰められていました。

そんな風に紆余曲折をしながらも、私自身の笑顔が子どものしあわせになると決断して、人生の方向性を大きく転換させることができました。

この経験のおかげで、今では在宅でほとんどの仕事ができる状態を手に入れることができましたので、離婚してシングルマザーになっても、子どもたちが小学校から帰って来る時には私はいつも家にいて、「おかえりなさい」と声をかけて手作りのおやつを出して、その日あった出来事をすぐ聞くことができています。

ありがたいことだと感謝しています。

そのため、そこまでの流れをなるべく忠実に綴って、当サイトを読んでくださるあなたに少しでもお役に立てる情報をお届けしていこうと思っています。

シングルマザーとしての生活を営む上では、お金の面も育児の面も含めて、今後どんな生き方をしたらいいのか悩んでいたり、子どもさんの不登校に悩む方に、ちょっとでも励みになると嬉しいです*^^*

また、このストーリーは旧サイトの「幼稚園時代、すでに登園拒否気味」の大幅リメイク版となります。

当時は埼玉県加須市に住んでいて、不登校の我が子のためにフリースクールを作れないかと画策していた時期でもありました。

現在、うちの娘は小学校高学年で過去5年間の不登校の時期を思い起こしながらこの記事を書いているのですが・・・信じられないかもしれませんが、今ではウキウキな学校生活を送っているのです。

いったいどんな経過をたどって、そこまでたどりつくことができたの?とたくさんの読者の方にご興味を持っていただける部分なので、このストーリーの第1話では、まずは不登校の序章にすぎなかった「暗黒の幼稚園時代」を記述してみたいと思います^^;;;

ちなみに、私たち(私・娘・息子)は、埼玉県→北海道と経て、現在は福岡県在住です♪

 

 

娘の不登校で働けなかったので在宅ネット副業で結果を出し離婚しました

【第1話】幼稚園時代の2年間、すでに登校拒否の娘への接し方が思考錯誤すぎる日々…

今日の記事では、幼稚園時代からロケットスタート状態だった不登校(不登園?)の今では笑い話になっているエピソードを中心に、試行錯誤していた当時のことを話してみたいと思います。

娘は、当時住んでいた地元の公立幼稚園に2013年4月から2015年3月までの2年間、お世話になりました。

しかし、まともに丸一か月間全部登園できたのは「ゼロ」だという自信がありますw

大学生にもなれば、「自主休講」などという大義名分も存在しますが、まさかそれが幼稚園から始まるとは(-_-;)という気持ちで、母親としての私はそう捉えていました。

世間一般的に考えてみて、幼稚園に入りたての子が「幼稚園に行きたくない」とギャン泣きするのは、少なからず見受けられると思いますので、それほど珍しいことでもないとは思います。

でも、うちの娘の場合は、

 

「ママ、○○ちゃんはねっ!ママのお腹の中で、幼稚園も学校も行かないって決めてきたの~(ドヤ顔)」

 

と、幼稚園に入りたての頃から毎日宣言していました。

「やるな、5歳児」と思ってはいましたが(笑)、現実社会ではなかなかそうは問屋が卸さないとでも申しましょうか、、、なかなかワイルドな経験が待ち受けていました。

娘の担任になってくださった、年中時代のY先生と年長時代のA先生には、改めまして多大なる感謝の気持ちでいっぱいです。

なぜなら、自宅まで何度も足を運んでくれて娘の顔を見に来て、「幼稚園で待ってるから、おいでね♪」と優しい声を定期的にかけてくれたり、小学校生活を見据えたアドバイスなど、親身に対応してくださり、本当に心に染み入っていました。。。涙

それでも、幼稚園に行かない月は『その月の給食を2回食べられればいい方』でした。

幼稚園の一か月あたりの給食費は、およそ3,000円前後だったのですが、そうしますとつまり月に2回しか給食を食べないならそれは都内のランチよりも高い、1食1,500円のランチを食べていたという計算になります(遠い目)

なるほど、捉え方によってはゴージャスなホテルバイキング並みの価格ですよね。爆

幼稚園児にして、ホテルバイキング並みのランチをいただく、というような、

 

「リッチな経験ができてよかったね」

 

と、幼稚園に行けたことを精一杯褒める目的で、娘にはいつも言い聞かせていました。

なるべく、事態を深刻にしないように言霊だけは本当にものすごく気をつけていたのです。

年長さん最後の3学期に開催された、生活発表会では、娘の出番の予定時刻30分前まで「幼稚園行きたくない」という彼女からも申し出が続き、最後の生活発表会の会場になかなか姿を現さないことを心配した担任のA先生が、私の携帯に電話をくれて、直接娘と話して励ましてくれたということもありました。

結果、娘の出る演目の開演5分前に舞台裏に到着しまして、、、超ギリギリで衣装チェンジをして間に合わせるという荒業も経験しました。

今でこそ笑い話ですが、その時の私もかなり必死でしたし、この先どんな小学校生活が待ち受けているのだろうと、ものすごく心配な気持ちになっていたのは事実です。

そのような状態で小学校を迎えるので、当然のことながら幼稚園からの申し送りとして、娘の状態は小学校側にも届くことになります。

とにかく、娘と幼稚園のはざまで、母親として私自身も様々なことに奮闘していたので、幼稚園でママ友を作る気力体力がほとんどなく、限られたごく一部のママ友さんと会話する程度で娘は卒園を迎えることになります。

娘の不登校(不登園)から、じわじわと家庭内にひずみが出始めている時期だったので、PTAに出る気力体力もなかったので、すべて断っていたんですね。

元夫は娘に無関心などころか、幼稚園に行かないことを揶揄して娘の自信を喪失させるような言動を重ねてきていて、その度に「子どもの魂が傷つくからそういうことは言わないでください」と私は言い続けてきました。

家族に何か起きた時にみんなで問題解決するものだ、という意識を持って生きてきたのですが、当時の家族内で「いわゆる普通」のレールに乗れない脱落者に対しての、ひどい仕打ちのような言葉の暴力が元夫から出てきたことに、私は驚き、結婚生活がこのままでは続かないかもしれないなと感じ始めていました。

娘が幼稚園の2年間は、下の息子がまだ2歳~3歳で母乳とオムツの生活だったので、Wの育児をしながらも、とにかく娘に付き添い、父親からの心ない言動には毅然とした反論をするというのが私にできる最大限の行動でした。

幼稚園に出席日数の規定はありませんから、自動的に無事に幼稚園は卒園できたものの、「小学校生活はどんな風になるのやら・・・」という気持ちで卒園式に出席したのが、今でも鮮明に記憶しています。

 

また、娘の不登園がひどすぎて、家庭内の環境が良くない状態になってくると、元夫は生活費を細かく追及してきたり、必要なお金を出し渋るなどの行為にも出てきました。

そのため、私は「それなら自分でできる範囲で仕事にチャレンジしよう」と改めて決断して、自宅にいてもできる副業という立ち位置として、これは育児中の女性に向いているかもしれないと感じた在宅インターネットビジネスの道に本格的に進むことになります。

2013年11月には、ネット上でも何かと話題になったあの与沢塾3期に入り、インターネットビジネスを組み立てていくには具体的にどうしたらいいのかを学び始めていました。

塾にかかった諸経費、新しいパソコン代も含めて約32万円はすべて、私がこれまで在宅ワーク等でコツコツ貯めてきた分から支払いました。

けれども、毎日パソコンに向かう私のことを見た元夫は、「家事もしないでネットサーフィンして遊んでいる」と言いがかりをつけてきて、そのことを元夫の実家に言いふらすなどの嫌がらせ行為をして来たのは、懐かしい話ですね(;^ω^)

ちなみに、与沢塾で当時推奨していたオプトインアフィリエイトでは、情報ビジネスの末端の駒になってしまうと察知して、その流派からは距離を置いて、独自路線でインターネットビジネスで生き残る道を模索し始めます。

与沢塾に関しては、塾生さん同士でネットMLMの勧誘合戦が水面下で起きまして、私のところにもたくさんの同期の方々が勧誘にいらっしゃったのですが、何度「今がチャンス」とか「今加入しないと、ビジネスセンスないんじゃないの」と、かなりな言葉を言われましたが、すべて断りました。爆

そのネットMLMは1年も経たずに解散する憂き目に遭い、私に散々勧誘してきた方々は今度は「被害者」という肩書になって、私のところに相談に来るという事態に陥っていました(;´Д`)

私は、娘の不登校をケアしながらの在宅ネット副業で結果を出すことにチャレンジしていたので、ふわっと流行りのビジネスに飛びつくことを一切しなかったのが、結果的にはとても良かったというわけです。

子育ても色々だけど、ビジネスも色々・・・島倉千代子さんの「♪人生いろいろ」を歌いたくなるような空気感をお腹いっぱい経験する時期でもありましたね(遠い目)

 

 

 

つづく

 

次回【第2話】もどうぞお楽しみに♪

 

 



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